週末録 «« »»アナログかデジタルか その2

right.gif アナログかデジタルか その1

Cisco Recordsの全店舗閉店以来なんだか微妙な雰囲気ですね。アナログ文化の衰退が本格的に始まった寂しさに加えて、アナログ派 vs デジタル派という不毛な対立構造まで出てきちゃって。。。こういう時期なんで、僕も自分なりのアナログ、デジタルに対する想いを書き殴ってみます。

■思い起こせば、僕がレコードを買い始めた頃は、今のように試聴なんてできない時代。レコ屋の店員も態度悪いというのがデフォルト。リバプールように存在自体がギャグ(親父、犬、ブート)のような店もありますた。
 ガキの頃は、知り合いも金も知識もないわけで、隅っこの方でラベルの情報とにらめっこしたり、気になる曲が店頭でかかるのを待ったりしながらじっくり選んでやした。当然ハズレも多いし、月に買える枚数も限られていたんで、とにかく必死に記憶してたのを覚えてやす。
 POPの「マスト!!」の字に煽られ、なけなしの金で買ったレコードが全くマストでなかった時の喪失感。ジャケ買いして大ヤケドとか、様々な経験をへて当たり盤を見つける嗅覚を磨いたような気がしやす。

中古なんて1日中掘り続けてると、手は黒くなるし、口の中まで埃っぽくなります。「なんでこんなことしてんだろ」と自問自答しはじめた頃に、指先に舞い降りる塩ビの神様。一回の奇跡的な掘りで、全ての疲れが癒されるあの瞬間。

掘り終わった後の階段で味わう一服や、袋が扇型になるくらい買い込んでレコ村の坂を下る時に手に食い込む重みも充実感ありますた。レコ屋によって袋の耐久性が違うから、怪しい時は2重にしたりして。帰りの電車では待ちきれずよく開封してやした。

まとまったお金が入った時は、お気に入りの中古店に電話して、客のいなくなる閉店後から店長とさしでガッツリ聴いたりもしたものです。こうやって掘ったレコードは後々キラーアイテムになる可能性が高いんす。一人で掘るより知識も増えますし、まとめて買うんで値段交渉もできるんす。
 最近は、個人経営のレコード店も減ってきて、泥臭い掘り方は段々難しくなってきてました。ネットはピンポイントで曲を探しやすいし時間や場所の制約がないのは良いんだけど、ミラクルは起きにくいんだよなあ。。。

■レコードって骨董品のようなイメージをもたれがちですが、メディアとして見たらCDやデータよりも優れた合理的な側面もあるんです。
 
例えば耐久性。中古掘ってれば、30年前のレコードなんてザラにあるわけです。些細な傷や汚れがついても、再生できなくなるようなことは稀です。その点CDは細かい傷でもすぐ再生不能になりますし、指紋や汚れにも弱いです。寿命を見ても、CDやHDDは10年もまず持ちやせん。

次にコンテンツ量。レコードはエジソンやベルの時代から考えると100年以上の歴史があるわけで(大量生産されるのはもう少し後ですが)、歴史の浅いCDやデータとはリリース量(ボリュームではなく種類)が違います。Library盤や自主プレス盤のように商業感覚から離れた音源が豊富なのもレコードの魅力。

んで、一番言われるのが音質。家や現場など様々な場面で聴いてきましたが、ボクの現時点での経験ではやはりデータは音悪いです。ただ、これにはデジタル環境のセッティングが進んでいないという点が大きく関係しているはずなので、システムも追い込まずに「データは音悪い」と脊髄反射するのは、ちょいと卑怯かなと。レコードの表現力にデータが到達してないのは事実だと思いますけど、データには伸びしろがあるということも理解しておきたいす。CDJが出てきた時も、批判の声はあったけど、今じゃ市民権得てますしね。

あとは、針を置けばすぐに音が出る、目で展開を追えるという肉体性も大きいメリットです。Traktor ScratchのようなPCDJがいくら進歩しても、針を置いてからのプチプチから音が始まるまでのワクワク感や、大きなジャケットやラベルから広がる世界観も表現できないでしょう。

これからアナログ文化は苦しい方向に向かっていくだろうけど、それでもこうしたレコードの肌触りとか感触は忘れたくないす。在庫切れがなく実物のないデータじゃ、所有欲も満たしにくいでしょうし。特に文化を守ろうと頑張ってるレコード屋は応援していきたいです。
(長いので次回に続く)

コメント:

cisco閉店ショック。。
その理由がレコードが売れないからってんじゃなくてマネーゲーム失敗でってのがもっとショック。。

嗚呼cisco…

思い出が満開……

>ra/mu
先日、シスコ閉店後初めて渋谷に掘りに行ったけど、レコ村に閑古鳥が鳴いてて悲しかったなあ。

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